内覧レポート

【内覧レポート】横山大観/東山魁夷 近代日本の美を再発見

山種美術館では2月16日(木)から4月16日(日)まで、「日本画の教科書 東京編 ― 大観、春草から土牛、魁夷へ ―」を開催している。本展は第1章「近代の東京画壇」、第2章「戦後の東京画壇」で構成されており、近代日本画壇を牽引した画家たちの名品が一堂に会する。まさに日本画の教科書のような展覧会だ。

日本画の古典を更新する

教科書に出てきそうな絵画というのは二つの種類があるように思う。現在教科書に載っている絵画と将来載せられるであろう絵画である。横山大観のような多くの人から認知されている近代日本画の代表格のような画家がいる一方で、十分にその功績が評価されないままに、忘れ去られてしまっている画家も存在する。山種美術館の監修を務める山下裕二先生は、「草葉の陰で泣いている画家を世に出してあげるのが僕の仕事だと思っている」と語ってくださった。

知られざる名作たち

松岡映丘《春光春衣》1917 (大正6)年 絹本・彩色 山種美術館

入り口に入ってまず目に飛び込むのは、松岡映丘の《春光春衣》。早くに亡くなってしまったために、今は忘れられてしまった最後の本格的な大和絵師だ。縦長の大胆な画面構成が現代的な作品である。

西郷湖月《台湾風景》1912年(明治45)年 絹本・彩色 山種美術館

他にもこれから再評価が待たれる画家に西郷湖月がいる。偉い先生の娘と結婚したのだが、不仲になりすぐに破局してしまった湖月。そのことが発端で画壇に居づらくなり、各地を転々とするという寂しい生涯を送った。晩年に訪れた台湾の風景を描いた「台湾風景」は、しみじみとした情緒がある。

横山大観の遺志と山種美術館

横山大観《心神》1952(昭和27) 年 絹本・墨画淡彩 山種美術館

同じ空間に山種美術館創立のきっかけと言っても過言ではない横山大観の《心神も展示されている。山種美術館の初代館長であり創立者の山崎種二は、横山大観と生涯深い交流を結ぶ。大観から美術館を建てることを条件に購入が許されたのが、この《心神》だ。大観がいかに後世の教育と文化振興に心をかけていたのかが伝わるエピソードである

 

川端康成と東山魁夷の交流から生まれた京都の四季

左から 東山魁夷《春静》1968(昭和43)年 紙本・彩色 山種美術館、東山魁夷《緑潤う》1976(昭和51)年 紙本・彩色 山種美術館、東山魁夷《秋彩》1986(昭和61)年 紙本・彩色 山種美術館、東山魁夷《年暮る》1968(昭和43)年 紙本・彩色 山種美術館

川端康成と親交のあった東山魁夷は、川端から「今の京都が残されているうちに、ぜひ絵に書き残してほしい」と頼まれる。そのことがきっかけで生まれた京都の四季を描いた連作では、今も残されている京都の風景を楽しむことができる。四季の移り変わりとともに、自然の色彩が鮮やかに推移していき、京都に慣れ親しんだものでなくともどこか懐かしさを感じる作品だ。冬の情景を描いた《年暮る》の美しい群青色は、山種美術館の新しいロゴの色にも採用されている。

東山魁夷《年暮る》1968(昭和43)  紙本・彩色 山種美術館

ユニークなグッズ達

ここで紹介した他にもまだまだ多くの名作が展示されている「日本画の教科書 東京編 ― 大観、春草から土牛、魁夷へ ―」。山種美術館では展覧会ごとに作品をかたどった美しい和菓子とグッズも展開している。記事中で紹介した大観の《心神》の富士山も、大島餡を包んだ愛らしく美味しいお菓子になって、来場者の舌も喜ばせる。様々な楽しみ方ができる展覧会、ぜひ足を運んで欲しい。

美術館プロデュースのオリジナル和菓子「雲海」

 

トップ画像:落合朗風《エバ》1919 (大正8年)年 紙本・彩色 山種美術館

開催期間 2017 年 2 月 16日(木)-4 月 16 日(日)

休館 月曜日(但し、3/20は開館、3/21は休館)

時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

会場 山種美術館

住所 東京都渋谷区広尾3-12-36

公式ページ http://www.yamatane-museum.jp

 

長野県生まれ。19世紀イギリス・アイルランドの歴史や文化を研究しつつ、ライターとして活動している。アカデミアで行われている研究を、より多くの人に価値あるコンテンツとして届けたいと日々考えている。

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