コラム 特集

アートを生み出す歴史のドラマ 〜シャセリオーと19世紀フランス〜

わずか37歳で逝去したシャセリオーだが、数々の傑作は当時から絶賛され、後の象徴主義を代表する画家モローらに受け継がれた。彼の生きた激動の時代を振り返ると、彼の作品の理解をより深めることができるだろう。

フランス革命の勃発で揺れ動くカリブ海の植民地に生まれた

雌馬を見せるアラブの商人》1853年 ルーヴル美術館(リール美術館に寄託)Photo©RMN-Grand Palais / Jacques Quecq d’Henripret / distributed by AMF

テオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau 1819-1856)は、フランス国王のもっとも美しい植民地と称されたカリブ海にあるサン=ドマング島に生まれた。サン・ドマング島(現在のハイチ共和国)は、17世紀からフランスの主要な植民地の一つだった。しかし、フランス革命を契機に、黒人奴隷たちが白人の主人たちに反乱を起こすハイチ革命が起こる。欧米各地で奴隷解放が宣言されるいう時代の機運もあり、フランスも一旦は奴隷解放を宣言するものの、その後ナポレオンが権力を掌握すると、ハイチを奪回すべく出兵した。この遠征軍にシャセリオーの父も加わっていた。

シャセリオーがサン・ドマングで過ごしたのはわずか2年だったが、遠いカリブ海で活躍した父と現地での異国の香りの記憶は、のちに彼が東方を旅しながら書き残した数々のオリエンタリスム絵画へと結実しているのかもしれない。

《コンスタンティーヌのユダヤ⼈街の情景》1851年  メトロポリタン美術館 
Image copyright©The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY

 

本展でも展示されている《コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景》で描かれているような、優しく描かれた母子像は、シャセリオーの作品に繰り返し登場するモチーフである。外国人の異質さを描くのではなく、どこの場所にも普遍的に存在する母子の親密な関係に視線を向けるシャセリオーは、異国情緒にどこか懐かしさを感じていたのかもしれない。

 

《自画像》1835年 ルーヴル美術館 Photo©RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Jean-Gilles Berizzi / distributed by AMF

シャセリオーの母は植民者の血を引いていたとも言われ、そんな母の面影を受け継いだシャセリオーの顔立ちもどこかエキゾチックだったと言われている。残念ながらシャセリオーは写真を撮られることをことごとく拒んだため、自画像や他の画家の残した肖像画から想像を膨らませるしかない。

画家を、そして時代を動かす運命の女たち

美女というのは画家個人の人生だけでなく、ときに社会全体の運命の歯車を回すというのはよくあることだ。歴史に残る大きな政治的な動きの陰に、権力者の愛人がいたことは少なくない。

《泉のほとりで眠るニンフ》1850年 CNAP(アヴィニョン、カルヴェ美術館に寄託)©Domaine public / Cnap /photo: Musée Calvet, Avignon, France

醜男だったとも噂されるシャセリオーだが、彼の恋愛遍歴を見ると全くそのようなことはない。1849年から50年にかけて、当時の名だたる貴族や文豪の愛人として名を馳せた舞台女優アリス・オジーと恋に落ちる。当時フランスで最も美しい体の持ち主だったというアリス・オジー。その美しさは若きシャセリオーにも多大なインスピレーションを与えた。《泉のほとりで眠るニンフ》は、明らかに当時交際していたオジーをモデルにしたものだ。画家個人から溢れる感情をニンフという神話の題材に込めた、非常にロマン主義的な作品だ。

《カバリュス嬢の肖像》1848年 カンペール美術館 Collection du musée des beaux-arts de Quimper

展覧会にある《カバリュス嬢の肖像》の「カバリュス」の名前を見て、「あれ?」と思った人は、この時代に大変深い関心があるに違いない。絵画に描かれている優美な女性マリー=テレーズ・カバリュスは、テレーズ・カバリュス、通称「タリアン夫人」の孫娘である。「タリアン夫人」と聞くと、あっと思う人も増えるかもしれない。タリアン夫人は愛人だった革命家ジャン=ランベール・タリアンを動かし、1794年テルミドールのクーデタを起こさせて、ロベスピエールの恐怖政治を終結させた女性である。かつてその美しさでパリの社交界に女王のごとく君臨していたというタリアン夫人の面影が、孫娘のカバリュス嬢にも見えるかもしれない。

 

アポロンとダフネ》1845年 ルーヴル美術館 Photo©RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Philippe Fuzeau / distributed by AMF

短い生涯だったシャセリオーの絵画だけを振り返っても、当時のフランスの歴史や社会情勢が濃厚に反映されていることがわかる。逆に言えば短い期間にそれだけの幅の広い作品を生み出したシャセリオーは、フランス・ロマン主義を代表する天才画家の一人だということだろう。

 

トップ画像:《泉のほとりで眠るニンフ》1850年 CNAP(アヴィニョン、カルヴェ美術館に寄託)©Domaine public / Cnap /photo: Musée Calvet, Avignon, France

開催期間 2017年2月28日 (火) 〜 5月28日 (日)

時間 午前9時30分 〜 午後5時30分 (金曜日は午後8時)    ※ 入館は閉館の30分前まで

会場 国立西洋美術館

住所 東京都台東区上野公園7番7号

公式ページ http://www.tbs.co.jp/chasseriau-ten/

 

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