コラム 特集

ミュシャから紐解く近代チェコの歴史キーワード3つ!?

国立新美術館では2017年3月8日(水)から6月5日(月)まで、「ミュシャ展」を開催している。美術館が何年もかけて来日を実現した「スラヴ叙事詩」は、間違いなくミュシャの傑作の一つである。ミュシャの「スラヴ叙事詩」は、19世紀後半から20世紀にかけて、激動の時代を生きたミュシャの平和祈りの上に描かれている。作品の理解を深めるために重要なキーワードをいくつか紹介しよう。

 

国を挙げた文化事業が盛んになった第3共和政

《スラヴ叙事詩「スラヴ式典礼の導入」》 1912年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

大雑把な把握の仕方ではあるが、19世紀のフランス政治は、1789年のフランス革命勃発を発端として、共和制を望む派閥と王政復古を望む派閥が常に争いを続け、次々に政権が移っていた。1870年ナポレオン3世が捕虜になると、共和制を望む声が一気に高まり、共和国宣言が行われる。

本格的に王政が廃止されると、国が民衆を「国民」として鼓舞していくために、公共の文化事業制作も盛んになった。フランス共和国は、再建されたパリ市庁舎やその他多くの公共施設を建築し、そうした建築には、フランス市民としての誇りと近代国家の新しい道徳観を称揚するような壁画が数多く描かれた。そうしたナショナリズムの気運高まる時期のパリで活躍したミュシャが、のちに祖国のチェコ・プラハの市庁舎の壁画に、スラヴ民族の歴史を描いた大作「スラヴ叙事詩」を制作したのは、決して偶然ではないだろう。

 

チェコの誇り高き宗教改革者ヤン・フス

《スラヴ叙事詩「クロムニェジージュのヤン・ミリーチ」》 1916年 テンペラ、油彩/カンヴァス 620×405cm プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

展覧会に足を踏み入れた人は、「ヤン・フス」という人物を何回も見聞きすることだろう。プラハ出身の聖職者フス(?- 1415)は、当時世間を揺るがしていたイギリスの聖職者ウィクリフの影響を受け、カトリック教会の富の集中や聖職者たちの怠慢を批判し、教会の権威に依らない信仰を民衆に説いた。当時のチェコは民衆が教会の財政の負担に苦しみ、深刻な問題になっていたこともあり、そうしたフスの主張は多くの人たちから支持された。しかしフスの主張を懸念した教会の人間たちによって、異端者として火あぶりの刑に処せられてしまう。フスの処刑に抗議した支持者たちによって、最終的に同朋の解放を求めるフス派戦争にまで発展した。長きに渡った戦争はカトリック側の勝利で集結し、以降チェコでは長くカトリック以外の宗派は禁止されることになる。

《スラヴ叙事詩「ベツレヘム礼拝堂で説教をするヤン・フス師」》 1916年 テンペラ、油彩/カンヴァス 610×810cm プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

異端者として不遇の扱いを受けたフスであったが、19世紀に入ると華々しい復活を遂げる。ヨーロッパ各国でナショナリズムの気運が高まり、後世のチェコの人たちから、カトリックの絶対的権威に対して怯まずに戦った国民的英雄として再評価されるようになったのである。ミュシャの「スラヴ叙事詩」でも、彼がそうした歴史研究に基づいてフスを賞賛し描いたことがわかるだろう。

 

博愛と知を重んじるボヘミア兄弟団

ヤン・フスを英雄として崇める一方で、無為な争いに反対し、平和を一心に祈っていたミュシャは、「スラヴ叙事詩」の中でボヘミア兄弟団にまつわる3部作を描いている。ボヘミア兄弟団は、フスの死後、宗教改革運動を主導した集団である。ミュシャは兄弟団の主要人物であったペトル・ヘルチツキーと彼の思想を受け継いだヤン・アーモス・コメンスキーを描いている。

《スラヴ叙事詩「ヴォドニャヌイ近郊のペトル・ヘルチツキー」》 1918年 テンペラ、油彩/カンヴァス 405×610cm プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

フスの処刑後、フス派戦争では多くの血が流された。フスの思想に影響を受けつつも、ヘルチツキーは急進的なフス派に見られたような暴力での解決を否定し、自由・平等・非暴力の社会の実現を説いた。「スラヴ叙事詩」の1作「ヴォドニャヌイ近郊のペトル・ヘルチツキー」では、自分に向けられた拳を受け止めて、聖書を片手に慰めの言葉を与えるヘルチツキーが描かれている。

《スラヴ叙事詩「イヴァンチツェの兄弟団学校」》 1914年 テンペラ、油彩/カンヴァス 610×810cm プラハ市立美術館©Prague City Gallery

ミュシャの描くボヘミア兄弟団の拠点を描いた「イヴァンチツェの兄弟団学校」 は、穏やかな陽の中で子供達が聖書を読む平和な風景が描かれている。戦争の残忍さを嫌い、強い博愛の精神を持っていたミュシャが願った平和な世界の一端がここにある。

 

《スラヴ叙事詩「スラヴ民族の賛歌」》 1926年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

ミュシャが作品を制作していた当時、第一次世界大戦がヨーロッパ中を揺るがしていた。彼にとって平和な世界はどれほど切実なものだっただろう。広大なキャンバスの上で展開され、見る者を圧倒する「スラヴ叙事詩」は、スラヴ民族を愛しながら、世界の平和への彼の祈りが込められている。

トップ画像:《スラヴ叙事詩》を制作するアルフォンス・ミュシャ、ズビロフ城アトリエにて、1923年

 

展覧会 「国立新美術館開館10周年記念・チェコ文化年事業 ミュシャ展」

開催期間 2017 年3月8日(水)ー 6月5日(月)

休館 毎週火曜日(ただし、5月2日(火)は開館)

時間 午前10時―午後6時 ※毎週金曜日、4月29日(土)-5月7日(日)は午後8時まで ※入場は閉館の30分前まで

会場 国立新美術館 企画展示室2E

住所 東京都港区六本木7-22-2

公式ページ 「国立新美術館開館10周年記念・チェコ文化年事業 ミュシャ展」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です