コラム 特集

私が英語を理解できないのは全て「バベルの塔」のせいだ!

24年ぶりに日本にやってくるブリューゲル(父)のバベルの塔。
(息子も同名の画家であるため、名前の後に父と表記する)

Pieter Bruegel the Elder – The Tower of Babel (Rotterdam) Wikimedia Commons

ブリューゲル(父)が描いたバベルの塔は全部で3つあり、現存している作品は2つ。1つはウィーン美術史美術館にある「大バベル」もう1つはロッテルダムのボイマンス=ファン・ブーニンゲン美術館が保有する「小バベル」である。今回、日本にやってくるのはロッテルダムにある方の「小バベル」と呼ばれている作品だ。

ウィーンにあるブリューゲル(父)作バベルの塔「大バベル」と呼ばれている
Pieter Bruegel the Elder – The Tower of Babel (Vienna)  Wikimedia Commons

なぜロッテルダムのバベルの塔が「小バベル」と呼ばれているかというと、単純にサイズが小さいという理由から。ウィーンの「大バベル」のサイズは114cm × 155cm「小バベル」は59.9cm × 74.6cm。作品の壮大なスケール感からとんでもない大きさの作品なのだろうと思っていたが意外にも小さいのである。

しかし、サイズは小さいながらも堂々と描かれた塔のスケールと細部まで緻密に描かれたその描写力は高く評価をされており「大バベル」に勝るとも劣らない歴史的な名画と言える。蟻ほどの大きさで精緻に描かれた人々様子はどこに視線を移してもストーリーが存在し、また描かれている塔建築の様子は当時の技術を非常にリアルに再現されているというから驚きである。

「小バベル」を拡大した画像 クレーンを使って建築している様子が描かれている
Pieter Bruegel the Elder – The Tower of Babel (Rotterdam) 部分  Wikimedia Commons

さて、ブリューゲル(父)が3度もモチーフとして描いたバベルの塔、そもそもどんな話であるか皆さんはご存知だろうか?

バベルの塔は旧約聖書の「創世記」第11章に出てくる巨大な塔の話で、ノアの箱舟のあと、アブラハム物語の前に置かれている。

愚かな人間たちが調子に乗って自分達の力を過信し、めちゃくちゃ高い塔を作ったのはいいけれども、最終的に神の怒りを買って全部破壊されてしまった。「人間達よ、神の偉大さを忘れるな!」そんなベタな神罰的な展開の説話の一つとしてバベルの塔のストーリーを認識している人も多いと思う。(ちなみに筆者の友人はバベルの塔は最終的に雷を落とされて壊されたはずだと言っていた)。

しかし、旧約聖書を読んでみるとバベルの塔が神によって壊されたという記載は実はどこにもない。聖書には” 彼らは街づくりをとりやめた ”とあるだけ。もちろん雷が落とされたといった記載は全くない。バベルの塔が神によって壊されたというイメージはなぜか広く浸透しているものの、それは私たちが勝手に勘違いしてしまっている解釈なのである。
(ちなみにネットで調べてみると、昔放送されていたバビル二世というアニメでバベルの塔が攻撃されたシーンがあることから、そういった間違った解釈が生まれたのではないかというユニークな説も存在している)

では実際に旧約聖書に書かれているバベルの塔はどんな話なのか?
要約すると以下のようなストーリーである。

大洪水の後、世界中で同じ言葉を話していたノアの子孫たちが、東方にあるシンアルの地の平原にたどり着き、そこに住み着く。彼らは神が作り出した石や漆喰ではなく、自ら作り出したレンガやアスファルトを用い、街と天に達するような高い塔を建設することを企てた。その様子を見ていた神は同一の言語をもった同一民族の人間たちの結束力と能力を危惧し、言葉を混乱させその企てを阻んだ。人々はこれによって街と塔をつくることをやめ、全地に散っていった。

The Tower of Babel destroyed. by Phillip Medhurst  Wikimedia Commons

ここで注目すべき点は、バベルの塔の説話が神に等しくなろうとしている人間達に神が罰を与えたという、シンプルな神罰的な話だけではないということ。なぜこの世界に多様な言語、多様な民族が存在しているのかを旧約聖書におけるバベルの塔の説話で説明しているのである。

仮に「言葉を混乱させる=多言語化」と解釈するのであれば、つまり、バベルの塔のせいで言語が多種多用な言語ができてしまったということになる。日本語、英語、アラビア語、中国語、フランス語…、細かくあげればきりがないが、旧約聖書によれば世界中の言葉がバラバラなのは全てバベルの塔を作ろうとしたことが原因ということだ。

この話を知った時、筆者は学生であったが英語のテストを受けるたびに「バベルの塔なんか作らなければよかったのに」と、それが神話であることは重々承知の上で、遠い目をしながらペンを走らせていた記憶がある。もちろんそんな気持ちで受けたテストがどういう結果になったかはここで言うまでもないのだが…。

ということで、このコラムのタイトルに戻ろう。

私が英語を理解できないのは全て「バベルの塔」のせいなのである。

トップ画像 God appears at Babel to disperse the people into different t by Wikimedia Commons

About

同志社大学卒業。日本生命相互会社、朝日税理士法人、HIPHOPダンサーを経て起業。現在は世界中のアンティークやアート、クラシックカメラを販売する会社を経営している。また、ライターとして雑誌やwebを始めとした媒体で執筆やインタビューなども手がける。

  1. 旧約聖書に書かれているバベルの塔の神話とは、そんな話だったのですね。
    これは意外と知らない人が多いですよね。
    やはりキリスト教文化に馴染みの少ない日本人には、バベルの塔やノアの箱船などのモチーフって、知って入るけれども、いまいちピン来ない(欧米人に比べれば)ものですね。

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