内覧レポート

ただ生きているだけで美しい。ソール・ライターが捕えたニューヨークの風景

生き馬の目を抜くような競争社会で、常に評価にさらされることに疲れてしまった…。そんな人にこそ見て欲しいのが、現在Bunkamura ザ・ミュージアムでは2017年4月29日(土)から2017年6月25(日)まで開催している「ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展」。ソール・ライターが、ファッション誌のカメラマンを経て、写真家として世界的に評価されたのは何と83歳!生活に苦労した時期もあったようだけれど、彼の撮る風景にはとても穏やかな時間が流れていて、幸せそうな雰囲気さえ感じることもある。

 

「神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。何も、世界の裏側まで行く必要はないんだ。」

 

ソール・ライター 《雪》 1960年 発色現像方式印画 ソール・ライター財団蔵 ⒸSaul Leiter Estate

ソール・ライターが撮り続けたものは、ニューヨークの街並みや行き交う人々といった何気ない日常風景。ライターが撮る曇った窓ガラスや人々の何気ない表情は、まるで大事にしまっておきたくなるような宝石のように美しい。最初は画家を志していた彼が多大な影響を受けたとされるナビ派のボナールたちの絵画にも通じるところがある。

ライターが撮り続けたニューヨークの街角。

ボナールやヴュイヤールといったナビ派の画家たちも、室内や家庭風景を多く描き、作品に漂う親密な空気はしばしば「アンティミスム」と形容される。画家の感覚を大きく反映させた構図や色彩で、見る者の心に強く訴えかけるライターの作品のあり方は、紛れもなく近代絵画の水脈が流れているだろう。そしてさらに面白いのは、ライターがそれを写真という新しいメディアで命を吹き込んでいる点だ。

 

「私は色が好きだった。たとえ多くの写真家が軽んじたり、表面的だと思ったりしても。」

 

ライターの撮る写真はまるで絵画のようだ。

ライターはよく「カラー写真のパイオニア」と評される。大胆な構図の中にベタ塗りのように濃厚な色が際立つ彼の写真は、先述のナビ派や浮世絵の影響が指摘されている。ボナールも「日本的なナビ派」と形容されるなど、ナビ派の絵画にはもともと浮世絵の影響が大きい。ライターもしっかりとその後を追っているのか、彼の蔵書には浮世絵や日本の思想に関する膨大な書籍が残されている。

輪郭線としてではなく絵画を構成する色として大胆に黒を使うところや、濃淡のない色によって単純化された画面は、確かに我々のよく知っている写真よりどちらかといえばそうした絵画に近いものだ。

 

「取るに足らない存在でいることには、はかりしれない利点がある。」

 

若い頃は画家を志していたライター。写真家として活動していたが、絵を描くのは死ぬまでやめなかったので、膨大な数の絵画も残されている。

多くのアーティストは経済的に不安定な一生を送る。自分の絵画が評価されなければなかなか高値で売れず、一見自由奔放に見えるアーティストが実は一番他人の評価に翻弄されるというジレンマがある。ファッション誌のカメラマンとして有名になっていたライターも、長らく写真家としては無名だった。2006年に出版した写真集『Early Color』が注目を集めたのは彼が83歳の時。けれど彼の作品や言葉には、売れずに苦しんだという悲壮感は全くない。

ライターと親密な間柄だった女性たちのヌード写真も数多く残されている。

展覧会場のインタビュー映像で、「君の写真を見ると、幸せな気持ちになると言われたことが一番嬉しかった」と語るライター。彼の創作は出世への野心から遠く離れたところにあり、極めて個人的な動機に端を発している。彼の切り取る何気ない日常の一瞬がはっとするほど美しいのは、他人の評価や名声といったものに左右されずに、自分の心の声に従って物事を感じ続けようとするライフスタイルを貫いてきたからなのではないかと思う。そして、それはなかなかできることじゃない。

 

《東57丁目41番地で撮影するソール・ライター、2010年》 (撮影:マーギット・アーブ) ⒸSaul Leiter Estate

世間的には遅咲きのアーティスト。けれどそれゆえに彼の作品や言葉は、歳を重ねて成熟した、芳醇で重みのある美しさがある。何てかっこいいおじいちゃんだろう。

 

開催期間 2017/4/29(土・祝)-6/25(日)

休館 6/6(火)

時間 10:00-18:00 (入館は17:30まで) 毎週金・土曜日は21:00まで (入館は20:30まで)

会場 Bunkamura ザ・ミュージアム

住所 東京都渋谷区道玄坂2-24-1

公式ページ ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展

長野県生まれ。19世紀イギリス・アイルランドの歴史や文化を研究しつつ、ライターとして活動している。アカデミアで行われている研究を、より多くの人に価値あるコンテンツとして届けたいと日々考えている。

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