内覧レポート

それ、動かしてもいいんですか…?ダヤニータ・シンの変幻自在な「美術館」

「キュレーターだって私を止めることはできません」

そう言いながら自身の「美術館」を動かし(もちろん来場者が手を触れることは禁止されている)プレス関係者をドキドキさせたのは、2017年5月20日(土)から2017年7月17日(月・祝)まで東京都写真美術館で開催している総合開館20周年記念「ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館」の作家本人、ダヤニータ・シンだ。

世界で最も活躍が著しいとされている写真家である彼女は、その素晴らしい人間性とサービス精神で内覧会の参加者を魅了した。

「私はフォトグラファーではありません」

『ミュージアム・オブ・シェディング』2016のチェアに座るダヤニータ・シン

 

彼女のキャリアは欧米雑誌のカメラマンとしてはじまった。1961年にニューデリーで生まれた彼女は1980年から86年までアーメダバードの国立デザイン大学に学び、その後ニューヨークの国際写真センター(ICP)でドキュメンタリー写真を学んだ。

その後8年間にわたり、セックスワーカーや児童労働、貧困などの社会問題を取り上げ、更に『ロンドン・タイムズ』でオールド・デリーの墓地で暮らすユーナック(去勢された男性)のモナ・アハメドを13年間撮影、1990年代後半にフォトジャーナリストとしての仕事を完全にやめ、アーティストとして活動している。

そう、彼女はフォトグラファーではなくアーティストなのだ。

人生を共に歩んだモナ・アハメドと「第三の性」

壁一面に展示されているのは、『マイセルフ・モナ・アハメド』1989-2000

 

彼女のフォトグラファー、そしてアーティスト、ひいては人としての歴史と常によりそってきた存在が、モナだ。

モナはユーナックで、男性でも女性でもない。そしてそうした人々は、階級社会のインドでは下層に位置し、中流や上流階級に位置する人々が交友を持つ存在ではないとされている。しかし彼女は撮影をきっかけにユーナックであるモナと交流を深めた。

「捨てられた写真と一緒に、私のキャリアも終わったと思いました」

『マイセルフ・モナ・アハメド』1989-2000
モナとアーイシャ(モナの養女)の生活が切り取られている

 

モナの立場の複雑さは、彼女が語ったモナとのエピソードに現れている。

彼女が『ロンドン・タイムズ』に掲載するためにモナを撮影した後、モナがそれを『ニューヨーク・タイムズ』だと勘違いしていたことがわかった。そして『ロンドン・タイムズ』だとわかると、モナはなんと写真を捨ててしまった。ロンドンに身内がいたのだ。

階級が違い、生きている世界も違う。しかし二人は時間をかけてお互いを理解し合い、家族のように付き合い、「モナは私自身」と思うまでになった。

移動式の美術館 そのアイデアのもとは…?

移動式の美術館『ミュージアム・オブ・チャンス』2013の中には彼女による言葉も
その中には京都(Kyoto)が出てきている

 

彼女の情熱は写真そのものに留まらない。

冒頭で触れた「美術館」は、実は彼女が展示の関係で京都の旅館に泊まった際の経験がアイデアのもとになっている。旅館にはベッドはなく、収納されている布団をしいて即席のベッドルームにする。同じ空間でご飯を食べることもできるし、彼女によると「ヨガもできる」。

そのように、形を変え続けることができる美術館が、「インドの大きな家の美術館」だ。

彼女はその「美術館」の中から作品を取り出して壁に飾ることもできるし、展示物を入れ替えることもできる。そして、キュレーターだってそれを止めることはできない。彼女の自由な美術館なのだ。

家でも作れる美術館、販売中

『セント・ア・レター』
本を開くと美術館のように眺めることができる※販売対象外

 

ミュージアム・ショップではこちらも開くと蛇腹の『Museum Bhavan』が販売されている
一つのボックスに9冊入り

 

今回の展示には、壁にかかっている写真と、移動式の「美術館」に加え、本を飾ったものもある。

写真集は大抵、気が向くと本棚から出して眺める存在だ。しかし彼女は、本にはもっと可能性があることに気づいた。折角だから本棚にしまわずに、飾って美術館にすればいい。そうして彼女によって、本は新しい役割を与えられた。なお素晴らしいことに、ミュージアム・ショップでこの小さなミュージアムを購入することだってできる。

一度と言わず何度でも

最新作『タイム・メジャーズ』2016
中身は『ファイル・ルーム』で写されていた書類の包み

 

『タイム・メジャーズ』は『ファイル・ルーム』から派生した35点組の美しい作品である。色の褪せた赤い風呂敷で包まれた同じくらいの大きさの包みで、上から撮影している。

最後質疑応答の際彼女に質問をする機会があった。最新の作品の赤い布の中身について尋ねてみると、わからない。多分書籍。とのこと。とても古いもので、中身を開けて確かめたりはしていないそうだ。そう聞くと、不思議と更に作品が魅力的に思えてくる。モノクロの作品が多い中で、一層その赤の美しさが際立って見える。

静かな会場には彼女のアイデアと情熱が詰まっている。ぜひ一度と言わず、何度も会場に足を運んで欲しい。彼女の手によって配置が変えられ、また新しい姿になった美術館にお目にかかれたら嬉しい。

トップ画像 : 『ミュージアム・オブ・チャンス』 2013を自由に動かすダヤニータ・シン

展示会情報

開催期間 2017年5月20日(土)~7月17日(月・祝)

休館日 毎週月曜日
※ただし7月17日(月・祝)は開館

時間 10:00~18:00(木・金曜は20:00まで)

会場 東京写真美術館 2階展示室

住所 〒153-0062 東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

公式HP ダヤニータ・シン インドの大きな家の美術館

東京都出身、慶應義塾大学卒。大学在学中、芸術論を研究。国際色豊かなバックグラウンドを持つイラストレーター。イラストについては「Asuka Eo」として活動中。

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