コラム 特集

もう色物芸術家と呼ばないで!アルチンボルドが時代を象徴する芸術家である理由

国立西洋美術館で2017年6月20日から公開されるアルチンボルド展。

アルチンボルドといえば花や果物などをパズルのように組み合わせ肖像画を描いたユニークな作品が有名だ。遠くから見てみると人の顔に見えるのに、近くで見ると「めっちゃ野菜使ってますやん!!」といった非常にインパクトのある肖像画が多い。

しかもただ野菜を組み合わせただけでなく、絵を逆さまにしてみると、鍋に野菜が入ってるように見えるたりするから驚きである。見れば見るほどよく描かれた作品だなと感心してしまう。

ジュゼッペ・アルチンボルド「庭師」by wikimedia commons
逆さにした絵と対比してみると、一目瞭然。絵の印象が全く変わってしまう。

さて、このアルチンボルドの絵を見て「なんかどこかで似たような絵を見た気がするな…」と感じる人もいるかもしれない。その人たちはおそらくこれを頭に思い描いているのではないだろうか。

歌川国芳「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」 by wikimedia comons

そう、浮世絵の「寄せ絵」だ。

特に歌川国芳などが描いた「寄せ絵」は有名で、アート好きな方であれば一度くらいは目にしたことがあるだろう。これらは「鳥羽絵」とも呼ばれる浮世絵の様式のひとつで、国芳が洒落を効かせて描いた鳥羽絵は王道的な浮世絵とはまた違った形でインパクトが強く、非常に人気なのである。

このようにアルチンボルドを彷彿とさせるような作品がある日本だからこそと言って良いのかはわからないが、日本ではよくアルチンボルドを「西洋の寄せ絵」や「元祖トリックアート」といったちょっと色物的な形でアルチンボルドを紹介することが多い。

ジュゼッペ・アルチンボルド「風」by wikimedia commons

確かにこういった絵を見ると発想は奇想天外で非常に面白いし、トリックアートといえばそうなのであろう。しかしだからといって、アルチンボルドが色物の芸術家ではないということは知っておいてほしい。彼はルネサンスからバロックへと移り行くマニエリスム期を象徴する画家として名を残した偉大なる芸術家の一人であり、西洋美術史の中で傍流の画家として位置づけられる存在では決してないのである。

アルチンボルドが生きていた時代、すなわち16世紀中頃は簡単に言うのであれば「ものすごく切羽詰まっていた時代」と表現するのが適切であろう。というのも、この時代は西洋美術史において燦々と輝く功績を残したあのルネサンス期が終焉を迎えた、芸術家たちにとって激動の時代であったからだ。

「ルネサンスの終焉?それはそんなにすごいことなのか?」という人もいるかもしれないが、これは当時の芸術家たちにとって一つの時代が終わったと断言できるほど大きな出来事であったのだ。

例えば、中世の芸術家と聞いてみなさんは誰を思い浮かべるだろうか。

レオナルドダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロ…、おそらくここら辺の名前がパッとでてくるのではないかと思う。ご存知の通り、これらの巨匠たちは皆全てルネサンス期の芸術家たちである。

500年という時代を経てなお誰でも一度は耳にしたことがある芸術家、そんな彼らが一堂に活躍していた時代、それがルネサンスなのだ。特にルネサンスの後期、いわゆる盛期ルネサンスは長い美術史の中で最も多くの天才が発生したと言われた時代だ。当時、全ての芸術が頂点を迎え完成してしまったとさえ言われていたのだから、ルネサンスの終焉というのは芸術家にとってどれほど衝撃的な出来事であったのかは想像にたやすいと言えるだろう。

ラファエロ・サンティ作 「ベルヴェデーレの聖母」 by wikimedia commons

そんな偉大なるルネサンス期が終焉を迎え、残された次世代の芸術家たちにのしかかった課題といえば「ルネサンス越え」である。偉大なる巨匠たちの作品を超えるため、様々なアプローチを重ね続けた時代がアルチンボルドが活躍していたマニエリスムという時代なのである。

もちろん、芸術が完成されたとまで言われたルネサンスを超えるのはそれほど簡単なことではないというのは付け加えておく。ルネサンス期のような絵を描けば巨匠たちの模倣と揶揄され、新しい試みをすれば誰からも見向きもされない…。思春期の子供であれば絶対グレてしまうような環境の中、芸術家たちは迷走し、やはり彼らも思春期の子供たち同様グレていったのである。ただ、グレたといっても、暴走族さながら夜な夜な4輪馬車を繰り出し「ダ・ヴィンチ上等!!」と騒ぎたてていたというわけではない。グレていったのはあくまで表現方法だ。

例えばこの絵を見てもらいたい。

エル・グレコ 「ラオコーン」 by wikimedia commos
頭の大きさを考えると明らかに体が大きい。また遠近法などが抽象的になり、空間がゆがんでいるように表現されている

これはマニエリスムを代表する画家、エル・グレコの作品である。先に挙げたラファエロの絵と比較すると、空間が歪み人体のバランスが不自然に描かれているのがわかるだろうか。

ルネサンス期の巨匠たちが求めていたのは正確な遠近法や構図などであったが(ダヴィンチなどが正確性を求めるために人体の解剖などまでしていたのは有名な話だ)、このマニエリスム期の時代では、非現実的な人体比例や遠近法を誇張し空間が歪められるなど、ルネサンス期に完成された調和としての美をあえて崩すように表現するようになっていったのである。

わかりやすく正確に描かれていたものを、誇張したりあえて歪ませて崩していく…。あくまで個人的な印象であるが、16世紀という時代は先人達が築き上げてきた美に反抗し、芸術家の表現方法が最もグレていった時代であったと言える。

とは言うものの、このグレた時代があったからこそバロックというルネサンス期にはなかった誇張された動きであったり凝った装飾などを表現方法として取り入れた、新しい美術様式も生まれてくるわけで、完成されたとまで言われた芸術をなんとか突き破り、無理にでも発展させていったこのマニエリスム期の芸術家たちの功績はとても大きいと言える。

ピーテル・パウル・ルーベンス 「キリスト昇架」by wikimedia commons
バロック期を代表する作品で、アニメ「フランダースの犬」のラストシーンでも出てくる有名な絵である。

ちなみにアルチンボルドが生まれたのは、盛期ルネサンスが終了したと言われる1527年。

代表作である「四季」や「四大元素」といった作品は、ルネサンスという極められた芸術を乗り越えるため、試行錯誤が求められた苦悩の時代の中で磨かれた感性によって生まれた、時代が産み出した傑作なのである。

しかし、こんなインパクトある絵を描き3代にわたる皇帝に仕えたほど大活躍したにもかかわらず、アルチンボルドは17世紀に入ると忘れ去られた芸術家となってしまうのだから驚きである。

ジュゼッペ・アルチンボルド「ウェルトゥムヌスに扮したルドルフ二世」 by wikimedia commons

17世紀のバロック期におけるアルチンボルドの評価は低く「低俗でお遊びのような絵」と色物のような酷評を受け、彼の存在は時代とともに忘れら去られていった。また、今でこそ再評価されるようになったマニエリスムではあるが、バロック期の芸術家たちは、マニエリスムを「独創性がなく、創造性を失った芸術」という否定的な呼称で使っており、マニエリスム期の芸術家たちを過小評価していたのである(現代でもよく使われているマンネリという言葉の語源もマニエリスムからきていると言われている)。

では、なぜアルチンボルドが今これほど注目される芸術家となっているのか。

それはアルチンボルドが再発見され、評価されるようになったからだ。20世紀に台頭し始めたシュルレアリズムを牽引していたシュルレアリスト(サルヴァドール・ダリやルネ・マグリットは日本でも有名だと思う)たちがアルチンボルドを再発見し、評価し始めたことで彼は再び脚光を浴びることとなったのだ。

また、アルチンボルドが再発見・再評価されただけでなく、その発想力やパズルや暗号のような豊かな絵解きを誘う表現は、20世紀のシュルレアリスムに大いに影響を与えたと言われおり、酷評されていた芸術家としての評価は今では非常に高いものとなっている。

ダリ博物館の写真
一定の角度から見ると顔のように見える

「あれ?俺らがやろうとしてることをすでにやってる人がいるよ。え?この人、400年前の人なの?!」
シュルレアリストたちが400年も前のアルチンボルドの作品を発見したとき、その発想力と絵の完成度に驚きを感じずにはいられなかっただろう。

かくいう私も、アルチンボルドがルネサンス期直後の時代に活躍した画家であることは知らなかった(あれほどアバンギャルドな絵なのだから、もっと新しい時代の芸術家なのだろうと勝手に勘違いをしていた…)。

もし、アルチンボルドの絵を見る機会があるならばよく見てほしい。パズルのようにモチーフを組み合わせて別の絵を完成させるという奇想天外な発想だけでなく、一つ一つ丁寧に描かれた野菜や花などの細やかな描写力には思わず息を飲んでしまうほど圧倒される画力を感じることができる。

遠くから見ても近くで見たとしても、彼の描いた作品は私達を常に魅了し続けるのだ。

ジュゼッペ・アルチンボルドは決して「だまし絵の先駆者」でも「中世の色物芸術家」でもない、あえて言うのであれば、ダヴィンチなどと同様、時代が作り出した稀代の天才芸術家の一人だということなのだということはしっかりと心に止めておきたい。

About

同志社大学卒業。日本生命相互会社、朝日税理士法人、HIPHOPダンサーを経て起業。現在は世界中のアンティークやアート、クラシックカメラを販売する会社を経営している。また、ライターとして雑誌やwebを始めとした媒体で執筆やインタビューなども手がける。

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